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最高裁判所第一小法廷 平成6年(オ)1883号 判決

上告人

石川慶一

右訴訟代理人弁護士

遠藤實

被上告人

加藤哲子

右訴訟代理人弁護士

川合宏宣

藤本雅也

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人遠藤實の上告理由について

一  本件は、建物賃借人のために連帯保証人となった上告人が、賃貸人である被上告人に対し、被上告人と賃借人との合意により建物賃貸借契約を更新した後に生じた未払賃料等についての連帯保証債務が存在しないことの確認を求めている事案である。

二  原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  被上告人は、昭和六〇年五月三一日、上告人の実弟である石川健三に対し、第一審判決添付物件目録記載の建物(以下「本件マンション」という。)を、期間を同年六月一日から二年間、賃料を月額二六万円と定めて賃貸した(以下「本件賃貸借契約」という。)その際、上告人は、被上告人に対し、健三が本件賃貸借契約に基づき被上告人に対して負担する一切の債務について、連帯して保証する旨約した(以下「本件保証契約」という。)

2  本件賃貸借契約締結の際に作成された契約書においては、賃貸借期間の定めに付加して「但し、必要あれば当事者合議の上、本契約を更新することも出来る。」と規定されていたところ、被上告人としては、右賃貸借期間を家賃の更新期間と考えており、右期間満了後も賃貸借関係を継続できることを予定していた。他方、上告人は、本件保証契約締結当時、右規定から本件賃貸借契約が更新されることを十分予測することができたにもかかわらず、その当時健三が食品流通関係の仕事をしていて高額の収入があると認識していたことから、本件保証契約締結後も同人の支払能力について心配しておらず、そのため本件賃貸借の更新についても無関心であった。

3  健三と被上告人は、本件賃貸借につき、(一) 昭和六二年六月ころ、期間を同年六月一日から二年間と定めて更新する旨合意し、(二) 平成元年八月二九日、期間を同年六月一日から二年間、賃料を月額三一万円と定めて更新する旨合意し、(三) 平成三年七月二〇日、期間を同年六月一日から二年間、賃料を月額三三万円と定めて更新する旨合意した。もっとも、右各合意更新の際に作成された賃貸借契約書中の連帯保証人欄には「前回に同じ」と記載されているのみで、上告人による署名押印がされていないし、右合意更新の際に被上告人から上告人に対して保証意思の確認の問い合わせがされたことはなく、上告人が健三に対して引き続き連帯保証人となることを明示して了承したこともなかった。

4  健三は、前記3(二)の合意更新による期間中の賃料合計七五万円及び前記3(三)の合意更新による期間中の賃料等合計七五九万円を支払わなかったところ、被上告人は、平成四年七月中旬ころ、健三に対し、本件賃貸借契約の更新を拒絶する旨通知するとともに、平成五年六月八日ころ、上告人に対し、賃料不払が継続している旨を連絡した。健三は、平成五年六月一八日、被上告人に対し、本件マンションを明け渡した。

三  被上告人は、上告人に対し、本件保証契約に基づき、前記4の未払賃料等合計八三四万円及び平成五年六月一日から同月一八日までの賃料相当損害金一九万八〇〇〇円についての連帯保証債務履行請求権を有すると主張しており、これに対し、上告人は、本件保証契約の効力が本件賃貸借の合意更新後に生じた未払賃料債務等には及ばない、仮にそうでないとしても、被上告人による右保証債務の履行請求が信義則に反すると主張している。

建物の賃貸借は、一時使用のための賃貸借等の場合を除き、期間の定めの有無にかかわらず、本来相当の長期間にわたる存続が予定された継続的な契約関係であり、期間の定めのある建物の賃貸借においても、賃貸人は、自ら建物を使用する必要があるなどの正当事由を具備しなければ、更新を拒絶することができず、賃借人が望む限り、更新により賃貸借関係を継続するのが通常であって、賃借人のために保証人となろうとする者にとっても、右のような賃貸借関係の継続は当然予測できるところであり、また、保証における主たる債務が定期的かつ金額の確定した賃料債務を中心とするものであって、保証人の予期しないような保証責任が一挙に発生することはないのが一般であることなどからすれば、賃貸借の期間が満了した後における保証責任について格別の定めがされていない場合であっても、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り、更新後の賃貸借から生ずる債務についても保証の責めを負う趣旨で保証契約をしたものと解するのが、当事者の通常の合理的意思に合致するというべきである。もとより、賃借人が継続的に賃料の支払を怠っているにもかかわらず、賃貸人が、保証人にその旨を連絡するようなこともなく、いたずらに契約を更新させているなどの場合に保証債務の履行を請求することが信義則に反するとして否定されることがあり得ることはいうまでもない。

以上によれば、期間の定めのある建物の賃貸借において、賃借人のために保証人が賃貸人との間で保証契約を締結した場合には、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り、保証人が更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを負う趣旨で合意がされたものと解するのが相当であり、保証人は、賃貸人において保証債務の履行を請求することが信義則に反すると認められる場合を除き、更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを免れないというべきである。

四  これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、前記特段の事情はうかがわれないから、本件保証契約の効力は、更新後の賃貸借にも及ぶと解すべきであり、被上告人において保証債務の履行を請求することが信義則に反すると認めるべき事情もない本件においては、上告人は、本件賃貸借契約につき合意により更新された後の賃貸借から生じた健三の被上告人に対する賃料債務等についても、保証の責めを免れないものといわなければならない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、右と異なる見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄)

上告代理人遠藤實の上告理由

原判決には、次の諸点において、判決に影響を及ぼすことの明らかな、後記最高裁判所の判例に反する民法六一九条(黙示の更新についての規定)及び借家法の解釈の誤り並びに民法一条二項(信義誠実の原則についての規定)の解釈適用の誤りがある。

第一点 民法六一九条及び借家法の解釈の誤り

一 〈省略〉

二 しかしながら、借家法の適用のある建物の賃貸借にあっては、法定更新の場合も、合意更新の場合も、更新前の契約と更新後の契約には同一性が認められ、更新前の契約についての連帯保証の効力は更新後も存続するとした原判決の判断は、以下に詳述するとおり、民法六一九条及び借家法の解釈を誤ったものであり、「借家法は、建物の賃貸借に関して、民法の賃貸借に関する法規に対して特別法規をなすものであって、賃貸借の期間満了の際における更新に関しても借家法は或は一条ノ二において正当の事由の存在を必要とし、或は二条一項において更新拒絶の通知についての定めをする等特別規定を設けているのであるけれども、借家法に特段の規定のないかぎり、建物の賃貸借についても民法賃貸借に関する一般規定の適用のあることは、いうまでもないところである。」と判示した最高裁判所昭和二七年一月一八日第二小法廷判決、民集六巻一号一頁の判断に明らかに反するものである。

1 民法六一九条は、

「賃貸借ノ期間満了ノ後賃借人カ賃借物ノ使用又ハ収益ヲ継続スル場合ニ於テ賃貸人カ之ヲ知リテ異議ヲ述ヘサルトキハ前賃貸借ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ賃貸借ヲ為シタルモノト推定ス但シ各当事者ハ第六百十七条ノ規定ニ依リテ解約ノ申入ヲ成スコトヲ得

② 前賃貸借ニ付キ当事者カ担保ヲ供シタルトキハ其ノ担保ハ期間ノ満了ニ因リテ消滅ス但シ敷金ハ此限ニ存ラス」

と定めているが、この規定は、いうまでもなく、賃貸借契約の期間が満了したときは、その契約関係は期間の満了によって終了するが、期間満了後も賃借人が賃借物の使用又は収益を継続している場合に賃貸人がそれを知りながら異議を述べずにいる場合は、前賃貸借契約と同一の条件で更に新たな賃貸借契約を締結したものと推定することにする(一項本文)が、期間の点まで前契約と同一となるわけではなく、更新後の契約は期間の定めのない契約となり(前掲最高裁判所昭和二七年一月一八日判決)、各当事者は民法六一七条の規定によっていつでも解約の申入れをすることはでき(一項但書)、また、前契約について当事者が担保を提供していたときは、その担保は期間の満了によって消滅する(二項本文)が、敷金だけは新契約に引き継がれるということを定めたものである。

2 そして、借家法は、建物の賃貸借に関して、賃借人保護の観点から、民法の賃貸借に関する法規に対する様々な特別規定を設け、賃貸借の期間満了の際における更新に関しても、

① 一条ノ二において「建物ノ賃貸人ハ自ラ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合ニ非サレハ賃貸借ノ更新ヲ拒ミ又ハ解約ノ申入ヲ為スコトヲ得ス」と規定して、更新の拒絶又は解約の申入れに正当事由の存在を必要とし、

② 二条において、まず一項で「当事者カ賃貸借ノ期間ヲ定メタル場合ニ於テ当事者カ期間満了前六月乃至一年以内ニ相手方ニ対シ更新拒絶ノ通知又ハ条件ヲ変更スルニ非サレハ更新セサル旨ノ通知ヲ為ササルトキハ期間満了ノ際前賃貸借ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ賃貸借ヲ為シタルモノト看做ス」と規定した上、更に二項で「前項ノ通知ヲ為シタル場合ト雖モ期間満了ノ後賃借人カ建物ノ使用又ハ収益ヲ継続スル場合ニ於テ賃貸人カ遅滞ナク異議ヲ述ヘサリシトキ亦前項ニ同シ」と規定して、更に賃貸借契約が締結されたものとして扱う範囲を広げるとともに、その扱い方についても民法六一九条一項本文では単に「推定ス」としている(黙示の更新)のを、「看做ス」として、法律上当然に期間満了の際に賃貸借契約が締結されたものとして扱う(法定更新)ことにしているが、

これらの定めは、民法六一九条一項本文の規定との関係で特別規定ということになるが、同条一項但書及び二項の規定に関しては、借家法は、別に何らの規定も設けておらず、また、借家法の規定全体の趣旨に照らしても、特に右一項但書及び二項の規定を排除すべき法意を認めることはできないのであるから、借家法の適用を受ける建物の賃貸借についても、民法六一九条一項但書及び二項の規定の適用があると解すべきものである。

3 ところで、本件における賃貸借契約の更新は、原判決ではすべて合意更新と考えられたようであるが、原判決が確定した前記事実によれば、次のような経緯で法定更新が繰り返されてきたとみるのが正当である。

① 当初の賃貸借契約は昭和六二年五月三一日の経過を以て期間満了となり、その時点で借家法二条一項により前契約と同一の条件で法定更新され、更新後の契約は、期間の定めのない契約となったが、その後いずれかの時期に、賃貸人と賃借人の間で、契約期間を昭和六二年六月一日から平成元年五月三一日までとする旨の合意がされた。

② 右更新後の賃貸借契約は平成元年五月三一日の経過を以て期間満了となり、その時点で借家法二条一項により前契約と同一の条件で法定更新されて、更新後の契約は期間の定めのない契約となったが、平成元年八月二九日に、賃貸人と賃借人との間で、契約期間を平成元年六月一日から平成三年五月三一日までとし、賃料を一か月三一万円とする旨の合意がされた。

③ 右二回目の更新後の賃貸借契約は平成三年五月三一日の経過を以て期間満了となり、その時点で借家法二条一項により前契約と同一の条件で法定更新されて、更新後の契約は期間の定めのない契約となったが、平成三年七月二〇日に、賃貸人と賃借人との間で、契約期間を平成三年六月一日から平成五年五月三一日までとし、賃料を一か月三三万円とする旨の合意がされた。

4 右のような事実関係の下では、当初の賃貸借契約について連帯保証した者の責任の及ぶ範囲は、民法六一九条二項本文から明らかなように、当初の契約の期間が満了するまでであって、連帯保証人による格別の意思表示があればともかく、そうでもないのに、当初の契約とは別の更新後の契約についてまで連帯保証人の責任が及ぶものではない。

5 ところで、かつて亡我妻榮氏は、「債権各論中巻一(民法講義V2)」)(昭和三二年五月三〇日第一刷発行)四三八頁以下で、

「(イ) 賃貸借の更新とは、いかなる性質のものであろうか。賃貸借契約の更新と賃貸借の期間の更新とを区別し、前者においては、新旧両契約は同一性をもたず、後者においては、本来の契約が同一性を保って伸長されるとする説があるようである。この説によるときは、「前賃貸借ト同一ノ条件ヲ以テ更に賃貸借ヲ為シタモノト推定」する民法(六一九条)はもとより、「推定」を「みなす」と改めてはいるが、みなされる客体についてほぼ同一の文字を用いる(借家法二条参照)、農地法(一九条参照)でも、「前契約ト同一ノ条件ヲ以テ更に借地権ヲ設定シタルモノト看做ス」と定める借地法(四条・六条参照)でも、契約の更新を意味することになろう。そして、ただ、借地人が、借地権の存続中に滅失した建物を再築する場合だけは、――「借地権ハ……二十年間存続ス」と定められるのだから(七条参照)――期間の更新を意味することになろう(大判昭和三・七・六新聞二八九八頁は、残存期間が十三年もある時期になされる更新は期間の更新であるといい、大判昭和一一・三・一〇新聞三九六八号一一頁は、諸般の事情から期間の更新と解して妨げないという。)。わが民法六一九条と同旨のドイツ民法(五六八条)は、「賃貸借関係が延長される……」と定め、スイス債務法(二六八条)は「契約は更新される……」と定め、フランス民法(一七三八条)は、「新賃貸借……が成立する」と定める。そして、ドイツの通説は、担保、保証ともに継続すると解し……、スイスの通説は否定的であり(但し、反対の判例がある……)、フランス民法は、保証の効力が及ばない旨を明言している(一七四〇条)が、その他の担保も同様と解釈されている……。

(ロ) 思うに、継続的契約期間は一体として存在するものであり、その更新とは、要するに、その関係が期間満了の後に継続することである。このことは、民法の規定についてもいえる。然し、ことに、特別法によって、正当な事由を理由として終了させない以上、原則として継続するものとされ、更新に関する当事者の意思が全く重要性を失った賃貸借については、契約の更新か期間の更新かに拘泥することなく、更新後の関係は、原則として、同一性を失わないものと解するのが正当と思う。そうだとすると、当事者の供したすべての種類の担保はもとより、保証人の責任や(但し、判例は最初から更新する旨の契約があったときだけ保証人の責任を存続させる趣旨のようである(大判昭和六・三・一一新聞三二五六号八頁参照))、抵当権者に対する優先順位(借地権設定後更新前に設定された抵当権に優先するかどうかの関係)などについても、更新前のものと同一に取り扱うべきである。実際からいっても、保証人・抵当権者その他の第三者は特別法による賃貸借は、たとい期間が定められた場合でも、正当な事由を生じない限り延長されるのが原則であることを予期すべきだから、予測しない不利益を蒙るとはいえないであろう。なお、更新前の契約について作成された公正証書が更新後の地代について債務名義としての効力をもつかどうかの問題についても、同一性ある契約関係から生ずる請求権を具体的に示すものとして、これを肯定してよいと考える……。」

という考え方を強く主張され、こうした考え方(以下「同一性説」という。)に賛成する学者もいる(星野英一「借地・借家法」(法律学全集26)六七頁以下、五〇一頁以下、鈴木禄也「借地法上巻〔改訂版〕」(現代法律学全集14)四七四頁以下、同「借地法下巻〔改訂版〕」(同全集14)九〇六頁以下等)。

しかし、右同一性説は、右論文の中で我妻氏自身認めておられるように、同氏がこの論文を執筆された当時においても、同論文に掲記の各裁判例では否定されていた考え方であって、更に前掲最高裁判所昭和二七年一月一八日判決においても否定され、その後も、偉大な民法学者の見解であるがゆえにか「有力説」などと言われて来はしたものの、公刊の判例集を見る限り、後記二つの東京地裁の判決のほかには、この考え方によったとみられる裁判例は見当たらず、裁判実務の大勢は同一性説をとることはできないという考え方で今日に至ったようである(借地借家法の制定に際しても、同一性説の立場から民法六一九条一項但書及び二項の規定に対する特別規定を設けてはどうかなどという議論がされた気配はない。)。

判例の考え方を正当とし、同一性説に反対する学者の一人である三宅正男氏(名古屋大学名誉教授)は、「新版注釈民法(15)」(平成元年四月二〇日発行)七三〇頁以下(借家法二条についての解説部分)で次のように述べておられる。

「Ⅱ 法定更新の効果

(1) 黙示の更新(六一九)と法定更新

本条の法定更新の効果としては、「前賃貸借ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ賃貸借ヲ為シタルモノト看做ス」と規定されているだけで、更新後の賃貸借の期間、前賃貸借につき設定された担保の効力等については規定がない。

そこで、法定更新についても、本条に規定する以外の事項については、民法六一九条によるべきかが問題になる。判例は、更新後の賃貸借の期間に関し、「借家法二条一項の規定も、『更新拒絶の通知を為すべき期間』、『条件を変更するにあらざれば更新せざる旨の通知』の効力及び『前賃貸借と同一の条件を以て更に賃貸借を為したるものと看做す』等の点において、民法六一九条本文の規定に対する特別規定たる関係に立つものであるが、同条但書の規定に関しては、借家法は、別に何等の規定も設けていないのみならず、借家法の規定全体の趣旨からみても、特に右但書の規定を排除すべき法意は、これをみとめることはできないのであるから、借家法の適用を受ける建物の賃貸借についても、民法六一九条但書の規定は、その適用あるものと解しなければならない」とする(最判昭二七・一・一八民集六・一・一)これに反して、学説には、民法六一九条の黙示の更新が当事者の意思の推定に基礎を置くに反し、本条の法定更新では、本法一条ノ二と相俟って、更新に関する当事者の意思が全く重要性を失っているとか、賃貸人の意思をおさえて建物利用の継続をはかる趣旨である、との理由から、両者は効果においても区別すべきだ、とする見解がある(我妻四三六・四三九、広瀬二二〇)。

思うに、単に本条だけを黙示の更新と比較するならば、本条が更新と「看做ス」点において、幾分か当事者の意思を離れて賃貸借の継続をはかる観がないわけでもないが、なお基本的には当事者の意思に基礎を置くものとして黙示の更新と同一基調に立ち、したがって本条に規定のない点は民法六一九条を適用して法定更新の効果を定めるのが妥当であると考えられる。しかしながら、借家法一条ノ二は賃貸人の意思を抑圧して正当事由なしとされた場合はもちろん、更新拒絶の通知をひかえた場合でも、その効果として生ずる法定更新後の賃貸借は、賃貸人の意思をおさえる国の政策に基づく賃貸借であり、いわば法定の借家権である……。学説が借家法一条ノ二をもあわせ考えて、本条の法定更新と黙示の更新との立場の相違を指摘するのは正当であると考えられる。しかしながら、賃貸借の期間や担保については、民法六一九条は当事者の意思に基調を置く立場から、更新後の賃貸借に引きつがれないとしているが、法定更新の場合賃貸人の意思をおさえる国家の政策という立場から考えても、これらの点については結果的には民法六一九条と同様に解するのが妥当である。その意味で、判例が「借家法の規定全体の趣旨からみても、特に右〈民法六一九条〉但書の規定を排除すべき法意は、これをみとめることはできない」と述べているのに賛成したい。

(2) 更新後の賃貸借の期間

判例は、上記のように、更新後の賃貸借は期間の定めのない賃貸借となる、と解する(前掲最判昭二七・一・一八、最判昭二八・三・六民集七・四・二六七)。学説には、上記のように、賃貸人の意思をおさえて建物利用関係の継続をはかる借家法の趣旨を理由として、期間の定めがある賃貸借について更新後において解約申入を許すのは不当であり、更新後の賃貸借は更新前と同一期間の定めのある賃貸借になる、とする見解がある(広瀬二二〇、我妻五一三)。

民法六一九条一項但書が、黙示の更新の後各当事者が解約申入により賃貸借を終了させ得るとしたのは、当事者の意思の推定に基礎を置く立場からである。本条の法定更新においても、賃借人の側からいえば、その意思の推定に基づき更新として看做すのであって、更新の後賃借人の解約申入を許すのは当然である。しかし、賃貸人に対しては借家法一条ノ二により、その意思に反して法定更新を押しつけ、建物使用関係の継続をはかっている。このような、合意によらず国の政策によって継続する更新後の賃貸借は、その後の両当事者の建物使用に関する現実の必要性に応じてその存続がきまる、すなわち、賃貸人は正当の事由さえあればいつでも解約申入れができる、のが当然である。建物利用の継続をはかるからといって、現実の建物使用の必要度の変化を問わず、一挙に更新前と同一期間だけ賃貸借を延ばすのは、それによって賃貸人の解約申入だけを封ずる趣旨であるとしても、借家法一条ノ二の政策に適合しない。

(3) 前賃貸借につき供された担保の効力

民法六一九条二項は、黙示の更新の場合に、前賃貸借につき当事者の供した担保は、敷金を除いて、期間の満了により消滅すると定めている。期間満了後の賃借人の継続使用と賃貸人がこれに異議を述べない事実だけでは、担保の延長の意思までは推定されないのである。本条の法定更新に関しては、判例はないが、学説には、民法六一九条二項の適用を排除し、当事者の供したすべての種類の担保はもとより、第三者が供した担保または第三者の保証人としての責任も、更新後の賃貸借につきその効力を持続する、とする見解が多い(我妻四三九以下、広瀬二一五以下・二二一、星野・借地借家三一・五〇二……)

その理由としては、その終了につき正当の事由を要求され更新に関する当事者の意思が重要性を失った賃貸借については、更新後の関係は、原則として、同一性を失わないものと解すべきこと、実際からいっても、かような賃貸借は、たとい期間が定められた場合でも、延長されるのが原則であることを、保証人等の第三者も予期すべきであることが挙げられている。

借家法一条ノ二により、賃貸人の意思をおさえて賃貸借の継続をはかることになっていても、民法上の黙示の更新と異なり、法定更新後の賃借人の債務が更新により新たに生ずる債務でないと解する理由はない。むしろ、黙示の更新においては、更新前後の賃貸借は、ともに当事者の意思に基づく点で同質であるが、借家法一条ノ二が適用される賃貸借では、更新後の関係は、賃貸人の意思をおさえる国の政策によってもたらされた、異質の関係である。しかし同条も担保の効力に介入しないから、賃借人の供した敷金を除き、賃借人の供したその他の担保、第三者の供した担保または保証人としての責任は、期間の満了により消滅すると考える。ただし賃借人または第三者が、法定更新を予期しただけでなく、更新後に効力を持続する意思で担保・保証を約した場合は別である。

(4) 前賃貸借につき作成された公正証書・和解調書の効力

前賃貸借につき作成された公正証書などは、更新により新たに生ずる賃料その他の債務につき債務名義として効力を有しない(同旨:広瀬二一六・二二一、星野・借地借家八三、反対:我妻四四〇)。」

右考え方こそまさに正当というべきである。

6 借地、借家法の適用のある賃貸借契約と民法六一九条の適用について、最高裁判所の各判決では次のような考え方がされてきたもので、判例上同一性説の考え方は採られていないものである。

① 最高裁判所昭和二七年一月一八日第二小法廷判決、民集六巻一号一頁

「借家法は、建物の賃貸借に関して、民法の賃貸借に関する法規に対して特別法規をなすものであって、賃貸借の期間満了の際における更新に関しても借家法は或は一条ノ二において正当の事由の存在を必要とし、或は二条一項において更新拒絶の通知についての定めをする等特別規定を設けているのであるけれども、借家法に特段の規定のないかぎり、建物の賃貸借についても民法賃貸借に関する一般規定の適用のあることは、いうまでもないところである。

借家法二条一項の規定も、「更新拒絶の通知を為すべき期間」「条件を変更するにあらざれば更新せざる旨の通知」の効力及び「前賃貸借と同一の条件を以て更に賃貸借を為したるものと看做す」等の点において、民法第六一九条本文の規定に対する特別規定たる関係に立つものであるが、同条但書の規定に関しては、借家法は、別に何等の規定を設けていないのみならず、借家法の規定全体の趣旨からみても、特に右但書の規定を排除すべき法意は、これをみとめることはできないのであるから、借家法の適用を受ける建物の賃貸借についても、民法六一九条但書の規定は、その適用あるものと解しなければならない。すなわち、本件の場合においても、原判決のごとく、上告人のした更新拒絶の通知はその効力なく、本件賃貸借契約は前と同一条件を以て更新されたものとしても、上告人は、さらに、正当の事由あるかぎり右賃貸借契約の申入をすることができるものと云わなければならない。

然らば原判決は右関係法規の解釈を誤った結果、上告人の本件賃貸借に対する解約の申入の主張について、判断を示さなかった違法あるものと断ぜざるを得ない。」

(原審の福岡高裁昭和二四年四月四日判決は、「昭和二十一年六月一日被控訴人に対してなした控訴人の更新拒絶の通知は無効であるから、本件家屋賃貸借契約は更新され爾後更らに前賃貸借の期間(約十年半)と同一期間存続するものといわなければならない。」と判示して、上告人の「かりに右更新拒絶について正当の事由が具っていないため右賃貸借が借家法二条によって法定更新されたとしても、上告人は自己使用の必要から更に……昭和二二年一一月二八日に解約の申入をしたから、その日から六月を経過したことによって本件賃貸借は終了した」旨の主張については判断を加えなかった。)

② 最高裁判所昭和二八年三月六日第二小法廷判決、民集七巻四号二六七頁

「期間の定ある賃貸借が借家法二条に基き更新されたときは期間の定がない賃貸借となるものであるから、賃貸人はその後正当の事由がある限り何時でも解約の申入をすることができることは、さきに当法廷の判示した通りである……(昭和二七年一月一八日言渡判決、判例集六巻一号一頁以下参照)」

③ 最高裁判所昭和四六年一一月二五日第一小法廷判決、民集二五巻八号一三四三頁

「原判決は、第一審判決の理由を引用することにより、本件賃貸借契約は、被上告人(原告)が期間満了前適法な更新拒絶の意思表示をしないまま期間が満了したため、右期間満了後は、期間の定めのないものに更新されたと判示しているのであって、所論の点につき、判断を逸脱した違法はない。しかして、借家法二条によって更新された賃貸借が、期間の定めのない賃貸借となると解すべきことは、既に当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和二七年一月一八日第二小法廷判決民集六巻一号一頁、同二八年三月六日第二小法廷判決民集七巻四号二六七頁参照)。したがって、原判決に所論の違法はなく、論旨の採用できない。」

(右事件の上告人の上告理由は次のとおりであった。)

「原判決は借家法第二条第一項に関する上告人……の主張に対する判断遺脱乃至は判決結果に影響を及ぼすことの明かな法令違反がある。

一、借家法第二条によれば家屋の賃貸借に付、期間の定めある場合に当事者が期間満了前法定期間内に相手方に更新拒絶等の通知をしないときは、期間満了の際、前賃貸権と同一条件を以て更に賃貸借をしたものと看做される。

二、本件は期間の定めある賃貸借で、契約期間満了が昭和三十四年十二月末日なるところ、被上告人……は借家法第二条所定の期間外たる同年九月下旬(口頭)同年十月卅日(内容証明郵便)夫々更新拒絶の意思表示をしている。

三、従って本賃貸借契約は前記借家法条規に従い更新拒絶の意思表示がされていないので、同条規により前賃貸借と同一条件の契約(期間、賃料その他)が同一性を維持され継続する。決して期間の定のない契約としての継続でない、右は賃借人保護の立前からこのように更新が擬制されたものに係り賃貸人の怠慢から一時使用の賃借人と同一の何時でも解約の申入れができる期間の定めのない地位しか与えられないと解すべきではない。(広瀬武文著借地借家法コンメンタール二二〇頁四行目以下)

四、上告人は右見解に立脚し第一審判決が右の点に関し期間の定めのない契約として更新されたと判断した違法を指摘し之が是正を求めたに拘らず原判決は上告人の主張を原判決に於て間接ではあるが、第一審判決の「期間の定めのない契約」との判断を前提とする準備書面は解約の申入なりと判断するに止り上告人の原審に於ける主張に対し借家法第二条第一項の解釈を誤り且つ判断を遺脱した違法がある。」)。

7 また、下級審においても、公の資料や法律雑誌等を調べてみても、借家法の適用のある建物の賃貸借について当初の契約と更新後の契約の関係が問題となった事件で、同一性説の考え方をとった裁判例は後記8の東京地裁の二判決だけで、他の裁判例は、次のとおり、いずれも判例と同様に同一性説の考え方を採ってはおらず、とりわけ民事執行事件においては、全国すべての裁判所で、当初の契約と更新後の契約は別という考え方に立った実務の処理が定着しているようである。

① 神戸地裁昭和三一年七月三一日決定、下民集七巻七号二〇七八頁

(要旨)建物賃貸借が更新された場合は、更新前の賃貸借と更新後の賃貸借とは別個の契約であるから、公正証書に特に更新前の条項が更新後の賃貸借に適用されることおよび執行を受諾することを約していない限り、公正証書は更新前に生じた契約上の債権についてだけ債務名義となる。

② 広島地裁昭和四一年六月六日判決、下民集一七巻五・六号四八四頁

「賃貸借更新とは、更新時に実体法上前賃貸借契約と同一の内容の新たな賃貸借契約が成立するものと解すべきである。したがって、更新後の賃料債権あるいは解除による明渡請求権は、更新前の賃貸借契約から生ずるものではなく、別個の契約に基づくものであるから、更新前の賃貸借契約についての和解調書によって強制執行をすることは許されないものというべきである。(将来更新によって成立するかもしれない新賃貸借契約のために債務名義を付与する如きが許されないことは明らかである。)」

③ 大阪地裁昭和四六年二月二六日判決(小湊亥之助裁判官)、判例時報六四四号七四頁、判例タイムズ二六四号三五六頁

「賃貸借の更新とは、更新時に前賃貸借契約と同一条件の新たな賃貸借契約が成立するもので、更新後の賃貸借契約は、更新前の賃貸借契約とは別個の契約であると解すべきである。

したがって、更新後の賃貸借契約に基づく賃料債権は、更新前の賃貸借契約から生じたものということはできない。

そして、債務名義そのものは、一定の請求権を証明し、これにつき執行力を認められるものであるから、その執行力の対象たる請求権の内容およびその限界は、専らその債務名義の記載ないし表示を基準として定められるべきものといわなければならない。そうしてみると、更新前の賃貸借契約について作成された本件安田および坪井両公正証書は、更新後の賃貸借契約上の賃料債権については、原告に対する関係において、債務名義としての効力を有しないといわなければならない。」

8 同一性説の考え方をとった下級審の裁判例は、次の二つである。

① 東京地裁昭和五六年七月二八日判決(小松峻裁判官)、判例時報一〇三七号(昭和五七年六月一日号)一二二頁(確定)

「被告は本件建物賃貸借の満了と共に、保証人である被告の責任は終了した旨主張するので判断するに、民法六一九条には、賃貸借契約は黙示の更新がなされたときは、賃借人の提供した敷金以外の担保は消滅する旨の規定があり、右趣旨によれば、第三者がなす保証債務も更新後には及ばないとも考られうるが、借家法の規定を受ける建物賃貸借は期間の更新が原則であり、いわば期間満了と同時に更新の効力が自動的に生じる客観的な制度ともいえるもので、実際においても、賃借権は更新によって存続することは常識化しており、賃貸借の保証債務はほぼ一定のもので、保証人の予想しない多額のものが通常発生しないことからしても、保証人たる第三者といえども、予め、賃貸借が更新により存続することを十分予想でき、また予想すべきであるから、保証人と賃貸人との間で特約がない以上、原則として、賃貸借更新後も賃借人の債務を保証する責任は存続するというべきで、被告の主張は理由がない。」

② 東京地裁昭和六二年一月二九日判決(大城光代裁判官)、判例時報一二五九号(昭和六三年二月二一日号)六八頁(控訴〈和解〉)

「(一) 民法六一九条によれば、期間の定めがある賃貸借において、同一内容で更新したものと推定される場合でも、右賃貸借の内容でない保証人の債務は、前賃貸借の期間満了により消滅するものとされるから、昭和五八年七月一日の原告と坂田との合意更新時にあらためて原告と被告との間で明示の保証契約を締結していない本件の場合、被告の保証債務は同年六月三〇日の期間満了により消滅すると解する余地がある。

(二) しかしながら、本件においては、以下に述べる理由により、原告、被告間の連帯保証契約の効力は、昭和五八年七月一日以降も存続すると解するのが相当である。

(1) 建物の賃貸借においては、借家法の規定により、期間満了後も賃貸借関係が存続するのが原則であり、かつ更新の前後の契約には同一性が認められること、

(2) 建物賃貸借契約自体が本来長期間にわたる性格のもので、保証人においても継続的に保証するものであることを認識している筈であること、

(3) 建物賃貸借の保証人の債務はほぼ一定しており、賃貸借契約の当事者による更新後の債務について保証の効力を認めても、特に保証人に対し酷であるとはいえないこと、

(4) 《証拠略》によれば、昭和五八年の更新は、外国勤務中の原告が手紙で賃料を一万円増額して更新に応ずる旨連絡し、坂田が同額の賃料を支払ったことによって合意が成立したものと認められ、賃料増額以外の契約条件は、保証を含めすべて従前どおりとするのが当事者の意思に合すること、

(5) 被告本人尋問の結果によれば、被告は、昭和五八年七月一日以降も坂田が本件マンションで英語教室を経営していることを知っていたにもかかわらず、原告にも坂田にも保証しないということを申し出ていないことが認められること。」

そして、右各判決を紹介した判例時報のコメントには次のようなことが記載されていた。

(右①の判決のコメント)

「Xは本件家屋をAに賃貸し、Yが右賃借人に生じる一切の債務につき連帯保証したところ、右契約が法定更新したのちに、Aの賃料不払いによる契約解除がなされ、確定判決による明渡しの強制執行がなされた。本件は、XがYに対し、右連帯保証債務の履行として、未払賃料、損害金、強制執行の費用等の支払いを求めた事案であり、Yは、Xとの連帯保証契約は、賃貸借契約の期間満了により終了し、契約更新後には及ばない旨主張して抗争した。

本判決は、借家法の規定を受ける建物賃貸借は期間の更新が原則であり、いわば期間満了と同時に更新の効果が自動的に生じる客観的な制度といえるもので、実際的にも常識化しており、賃貸借の保証債務はほぼ一定し予想しうる程度のものであり、保証人としては更新を予想すべきものであるから、特段の特約がない以上、賃貸借更新後も保証債務が存続する旨判示し、請求を認容した。

更新前の借家関係に対する保証人としての第三者の責任に関しては、民法六一九条二項との関係で問題があり、判例は、当初の賃貸借期間の満了により保証関係も終了し、更新後の契約に及ばないとする立場をとっていた。(大判大8.11.8民録二五・一九八三、大判昭6.3.11新聞三二五六・八)。また、学説として、更新を「契約による更新」と「期間の更新」に分け、契約による更新の場合には、旧契約が消滅し、新たな契約が成立するから、保証関係は消滅し、期間の更新の場合も、保証契約当事者の意思は、約定存続期間をもって保証期間とするものであるから、更新後には及ばないとする見解(西村信雄「継続的保証の研究」一四五以下)が有力であった。

しかし、最近においては、学説上、実際において借家関係が更新により継続することは常識化しており、これを予想すべきであるから、右借家権のつづく限り、保証責任も存続するとする立場が有力となっていた(我妻・新訂債権総論四七六、鈴木・借家法下・九〇六、星野・借地・借家法七〇等)。

本判決は、最近の有力説と同旨に出るものであり、参考になろう。」

(右②の判決のコメント)

「一 Xは、本件マンションをAに賃貸し、Yとの間で保証契約を締結したところ、右賃貸借契約は合意更新された(改めて保証契約は締結されなかった。)後に、合意解約された。本件は、XがYに対して、右保証契約の履行として、未払賃料、損害金等の支払を求めた事案であり、Yは、Xとの保証契約は賃貸借契約の合意更新後には及ばない旨及びAが賃料の支払を一か月以上遅滞すればXにより直ちに契約が解除されることになっていたことを根拠に、判示事項第二記載のように賃料の数か月分程度を超える請求は信義則違反である旨主張して争った。

二 本件判決は、当初の保証契約の効力につき、建物の賃貸借は期間満了後も賃貸借関係が存続するのが原則であること、保証人の債務もほぼ一定しており更新後の債務について保証の効力を認めても保証人に酷ではないこと、賃料増額以外は従前どおりとするのがXAの意思であり、Yも期間満了後保証しない旨をXに申し出ていないことから、賃貸借契約の合意更新後も保証契約の効力が存続する旨判示した。

更新前の保証契約の効力が更新後にも及ぶかという点に関しては、民法六一九条二項との関係で問題があり、古い判例は、これを否定しており(大判昭6.3.11新聞三二五六・八)、学説上も否定説が有力であった(広瀬・借地・借家法八一等)。しかしながら、近時は、建物賃貸借は更新が原則となっていることから肯定説が多数となってきており(我妻・講義V2四三九、星野・借地・借家法七〇、望月・注民(15)三三一等)、同旨の裁判例もある(東京地判昭56.7.28本誌一〇三七・一二二〔法定更新の事例〕。本件は合意更新の場合にも肯定説をとったもので実務の参考となろう。

三 次に、本件判決は、保証人の責任の範囲につき、契約を解除するかどうかは賃貸人が決定すべきことであり、Y主張のような通知義務はないことなどから、Yに対する本件請求(賃料等約一年分及び現〔注、正しくは原〕状回復義務不履行による損害賠償)が信義則に反するものではないとした。異論はないと思われる。」

9 右東京地裁の二つの判決及びその前記各コメントは、その内容からみると、おそらく、いずれも前記6及び7に掲記の各判決の内容や民事執行事件における裁判所の実務の取扱いなどということまで考えず、各担当裁判官もコメントの執筆者も、手近にあった我妻榮氏の民法講義を読み、その他コメントの中に紹介されている文献を参照する程度のことをしただけで、疑問も持たずに我妻榮氏の考え方をそのまま受け入れて(②の判決は、おそらく①の判決も参考にしたであろうと考えられる。)、各判示をし、各コメントの執筆をしたのであろうと推測されるが、各担当裁判官については、検討不足の結果不当な判断をし、コメント執筆者については研究不足のまま、無責任な内容のコメントをして、その結果は各事件の当事者のみならず、他の同種事件の裁判官にまで誤解を与えかねない(本件においては、一審では、担当裁判官が本上告人訴訟代理人が提出した本上告理由書とほぼ同旨の準備書面をきちんと読んで、十分な検討をして下さった結果、誤解のない正当な判断をしていただけたが、原審においては、経験豊かな三人の裁判官による審理であったにもかかわらず、三人の裁判官のどなたもきちんと右準備書面を読んでは下さらなかったのではないかと疑わざるを得ない、まるで②の判決の判断のいわば引写しのような不当極まる判断がされてしまった。)、迷惑千万なことをしてくれたとしかいいようのないものである。

10 ところで、前記8の②の判決においては、当初の連帯保証契約の効力が合意更新後も存続すると解するのが相当と判断した理由として、

① 「建物の賃貸借においては、借家法の規定により、期間満了後も賃貸借関係が存続するのが原則であり、かつ更新の前後の契約には同一性が認められる」ということ、

② 「建物賃貸借契約自体が本来長期間にわたる性格のもので、保証人においても継続的に保証するものであることを認識している筈である」ということ、

③ 「建物賃貸借の保証人の債務はほぼ一定しており、賃貸借契約の当事者による更新後の債務について保証の効力を認めても、特に保証人に対し酷であるとはいえない」ということ、

④ 「被告は、昭和五八年七月一日以降も坂田が本件マンションで英語教室を経営していることを知っていたにもかかわらず、原告にも坂田にも保証しないということを申し出ていない」ということ

が挙げられていたが、本件原判決においても、「当初の連帯保証契約の効力が契約の合意更新後も存続すると解するのが相当」と判断した理由として、右8の②の判決と同じような

① 建物の賃貸借においては、借家法等の特別法により、期間満了後も賃貸借関係が存続するのが原則であり、かつ、更新の前後の契約には同一性が認められ、これは合意による更新の場合も同様である」ということ、

② 「建物賃貸借契約は本来長期間にわたる性格のもので、連帯保証人においても継続的に保証することを認識し得るものであること、本件でも、……契約書の第一条で、契約が更新可能であることを記載していて、被控訴人において、それを認識し得たものと認められる」ということ、

③ 建物賃貸借の保証人の債務の範囲はほぼ一定しており、更新後の賃借人の債務について保証の効力を認めても、一般的には、特に保証人に対し酷であるとはいえない」ということ、

④ 「被控訴人としては、実弟である石川健三が流通食品の仕事をしていて高額な収入があると認識していたため、連帯保証人になってからもその支払能力について心配しておらず、そのため契約の更新に関しては無関心であったものと推認され、同人が当初の賃借期間を超えて本件マンションに居住を続けていたことを知りながら、本件連帯保証について、その後特に何らの応答もしていない」ということ

が挙げられている。

しかし、右のような考え方は、次に説明するとおり、いずれも、非常識極まりなく、到底是認することができない。

(一) 各理由の①について

我妻榮氏によって主張された同一性説が、判例上は、最高裁判所においても認められなかったことについては先に記したとおりであって、同氏死去の後も、その遺志を受け継ぐ学者達によってなお主張されてきてはいる(その数が多いので結果的に多数説ということになってしまう。)ものの、前記判例時報のコメントのあたかも判例、学説上同一性を否定する考え方がとられていたのは大審院時代のことで、近時は同一性を肯定する考え方が有力になっているなどという説明は全くの誤解であって、我妻氏の考え方こそ古い時代の建物の貸主の利益擁護という観点に立って主張された考え方で、立法論としても今日の社会で通用しない時代遅れの考え方というべきである(近時の借地借家法の制定に際しても同一性説の考え方に立った規定の整備などということがされた気配は全くない。)。

(二) 各理由の②について

通常の建物の賃貸借においては、借主が契約締結時に貸主側から保証人を要求された場合、保証人となってくれるよう頼む相手は、身内の者やごく親しい知人或いは職場の同僚等であって、保証人を引き受ける者が借家法に詳しい裁判官や弁護士或いは大学の法学部の教授といった法律の専門家であったり、不動産取引業者等であるということはまずまれなことである。そして法律の知識はなくとも、保証人にはうかつになるものではないということは誰でも承知しているので、できることなら保証人になどにはなりたくないと考えるのが普通で、様々な浮世の義理で、依頼を断り切れず、保証人を引き受けるようになった場合も、できればその責任の範囲は最小限にしたいと考えるのが普通であろう。そして、契約書に契約期間が明記してあれば、当然その契約期間内の保証と考えるのが普通で、たとえ期間満了後に契約の更新ということがあり得るということを知っていたとしても、貸主から要求されもしないのに積極的に更新後の期間についてまで保証しようと考える者などまずいないであろうし、仮に保証人に法律知識があれば、後で本件のような紛争が生じないようにしておくため、契約書の中に保証は当該契約の期間に限定する旨明記するようなこともするのではないかと考えられる。

いずれにせよ、「建物賃貸借契約は本来長期間にわたる性格のもので、連帯保証人においても継続的に保証することを認識し得るものである」などという考え方は非常識にも程があるというほかないものであり、また、「本件でも、……契約書の第一条で、契約が更新可能であることを記載していて、被控訴人において、それを認識し得たものと認められる」とあるが、契約の更新が可能ということが分かったからといって、それだけで保証人となる者が、契約書に記載された期間が経過した後も当該建物の賃貸借が継続する限り、保証し続けることを認識できようはずもなく、不当な理由付けとしかいいようがない。

(三) 各理由の③について

各判決とも保証人が賃借人の債務不履行ないし不法行為によって賃貸人に対して具体的な保証責任を負わなければならなくなるような事態が発生する危険の増大ということを忘れた考え方といわざるを得ない。前記のとおりできれば保証人になどなりたくないと考えてはいても、様々な事情で保証人を引き受けることになった者であっても、その保証する相手が契約当時既に賃料の不払いという事態がたちまち発生するような経済状態であったりすれば、通常は保証を断っていたはずで、保証を引き受けたのは、契約当時においては、少なくとも契約書に記載された期間は心配ないであろうと考えたからにほかならず、万一その保証期間内に賃料が支払えなくなったりした場合は、賃貸人に対して自分が責任を負うことになってもその程度のことはやむを得ないと考えて保証を引き受けたところ、保証人の責任が更新後の契約にまで続くとなれば、長い期間のうちには賃借人の経済状態にも変化が生じて、保証の当時は考えてもいなかったような深刻な事態になることもあり得る(本件はまさにその実例といえよう。)のであって、保証人が具体的な責任を負担しなければならなくなる危険性というものは保証期間が長ければ長いほど大きくなってしまうのである。

そもそも建物の賃貸借契約で保証人を必要とする最大の理由は、賃貸人には賃借人が一体どんな人なのか分からないので、その建物をきちんと使用してもらえるのか、賃料を約束どおり支払ってもらえるのか等々様々な心配があるところから、万一の場合には保証人に責任をとってもらうということにして、賃貸借契約を締結し、賃借人との継続的な契約関係を安心してスタートできるようにするという点にあると考えられるのであって、無事契約期間が満了し、契約更新という時期にまで至れば、賃貸人としては賃借人がどのような人物なのかということも分かるようになり、あとは、保証人に頼らなくとも、自分自身の判断と責任で、賃借人との間の契約関係を処理することができる状態になったと考えるべきもので、それ故、民法六一九条二項においても敷金以外の担保は消滅する旨規定し、借家法においても特別の規定を設けるようなことまではしなかったと理解できるのである(更にその後も保証人を必要とすると考えれば、その時点で新たに保証契約を締結すべきものである。)。

(四) 各理由の④について

連帯保証人が契約期間後も賃借人が当該建物に居住していることを知っていて、何も言わなかったということがあっても、保証期間が過ぎていればもはや自分の責任外のことなのであるから、とやかく言う必要はないのであって、何もいわないのは当然の話である。仮に保証人についても期間満了後何も言わなければ、更新後も保証人の責任が継続するということを認識していたとするならば、余程気のいい人でない限り、きちんと断るはずで、何も言わないのは、むしろ期間の満了によって保証人としての責任は終了したと考えたからであるとみる方が常識に適っている。

右各判決の右各理由付けは、そのうち東京地裁判決がその判断の結論を導く理由たり得ないものをもっともらしく理由として掲げていたところから、本件の原判決も、深く考えないまま、右地裁判決にならって、同じような記載のしかたをしたのであろうが、いずれも非常識な理由付けといわざるを得ない。

11 なお、本件では原審において控訴人から「仮に新旧両契約に法的同一性が認められないとしても、……借家法においては、……賃貸借契約の終了が認められることは極めてまれであり、事実上当事者の意思にかかわらず存続を強いられることになる」から、「借家法の適用のある賃貸借においては契約の存続が当然の前提とされているということができ……このような契約について保証したものもやはり契約の存続を予想しているものというべきであり、契約の更新後にも保証債務を負うものとしても余分の負担とはならない。」とか、「民法六一九条二項が適用されるとすると『担保があるから安心だ』と思って契約を結んだものの、期間満了後はこれらの担保は全て失われ、しかも賃貸人は無担保となった契約の解約はできず『貸し続けなければならない』状態となる。これは余りに賃貸人にとって不利益な結果である。」とか、「保証人の方は、契約の存続が容易に予想しうる立場にあるのだから更新後の責任を負いたくなければその旨賃貸人に通知し、保証契約を解除すればよい。」などと述べて、民法六一九条二項は借家法の適用のある賃貸借には適用されないものと解すべきであるとの主張がされたが、このような考え方は、賃貸人側の利益の保護ばかり考えたもので不当というほかない。建物の賃貸借契約における保証人は、雇用契約における身元保証人に似たものであって、貸主としては、見ず知らずの他人に建物を貸すに際して、当該借主がその建物を使用目的に沿ってきちんと使用してくれるのかどうか、賃料はきちんと支払ってくれるのかどうか等々不安があるため、借主側に保証人を立ててもらうよう要求し、借主側も、貸主側からその要求をやむを得ないものと考えて、通常は、親戚や親しい知人等に決して迷惑はかけないからなどと述べて保証人となってくれるよう頼み、頼まれた者も、通常は、できれば保証人になどなりたくはないが、断るまでの勇気がなかったり、或いは様々なしがらみから断り切れず、その時点における本人の経済状態等からは当該契約の期間中は大丈夫であろうと考えて、保証人を引き受けるというのが一般であって、保証人を引き受けるに際して借主から保証人に対して保証料の支払いがされるなどということはほとんどなく、保証人となってもらったお礼ということでせいぜい菓子折りが渡される位が関の山で、保証人となることによって保証人にもたらされる利益というものはなく、単に危険を負担するに過ぎないものである。そして、貸主は、契約締結当時においては不安であった借主の建物の使用のし方や賃料の支払能力等についても、契約開始後相当期間が経過すれば、よく分かるようになり、契約の更新に際しては、この借主に引き続き建物を賃貸することにしてよいものかどうかの判断を貸主自身で行える状態になるのであり、また、契約更新後に、賃料の不払い等の債務不履行が生じれば、それを理由に契約を解除したり、敷金から未払賃料の回収をするなどの方法で、手遅れとならないうちに貸主自身で自らの利益を守る方法を講じることはできるのであるから、保証人自身が更新後の契約においても保証人となることを承諾してでもいない限りは、更新後の契約についてまで保証人の責任は及ばないということで格別不都合はないはずのものである。上記被上告人の主張のような考え方をとると、例えば本件のように、仮に親切心からであったとしても、貸主が借主に長期間賃料不払いの状態を重ねさせた後、とんでもない時期になってから、保証人が貸主から多額の未払賃料の請求をされ、その要求に応じなければならなくなってしまうことになり、保証人にあまりにも苛酷な責任を負担させることになりかねない。

契約当初から定年までの雇用が予定される会社等への就職の際の雇用契約の際の身元保証でさえも、身元保証ニ関スル法律によって契約の存続期間は、期間の定めのないときは三年間(一条)、期間を定める場合でも、最長期間は五年(二条一項)、更新の場合は更新の時から最長五年(二条二項)と定められ、また、使用者の通知義務や保証人の解除権についての定め(三条、四条)などもされているのであって、単に借家法の適用のある建物の賃貸借においては、期間満了後も賃貸借契約が更新されて存続するのが通常であるという理由だけで当然に保証人の責任が更新後も存続するなどという考え方は、保証人の責任というものを余りにも重く考え過ぎる時代遅れの考え方で、不当というほかないものである。第二点 民法一条二項(信義誠実の原則についての規定)の解釈適用の誤り

一 原判決は、「控訴人は、石川健三が賃料を不払にしているのに契約を解除せず、その後二回にわたって契約を更新していることが認められるけれども、」「(1) 賃貸借契約を解除するかどうかは賃貸人が決定すべきであること、(2) ……賃料の不払が生じてからも、石川健三は、「いまは払えないが秋には払う」、「賃料は必ず支払うから」と述べるので、控訴人は、石川健三の事業が業績不振で、同人の身体の調子が悪いことに同情し、好意的に契約更新の合意をし、本件賃貸借契約が継続されてきたこと、石川健三はその後も平成四年一一月には、「本年中に解決するよう努力する、解決できない場合は立退く」旨述べて解決を先に延ばしていたが、控訴人は、なるべく保証人に迷惑をかけずに賃借人自身に解決させようとして粘り強い交渉をし、これに時間がかかったことが認められること、(3) 本来、賃貸人が連帯保証人に対して、賃借人の賃料不払の事実を通知しなければならない義務はないこと。以上によれば、控訴人の被控訴人に対する保証債務の支払請求は信義則違反にはならないものというべきである。」と判示した。

二 しかしながら、右判断は、以下に述べるとおり、民法一条二項の解釈適用を誤ったものというべきである。

1 仮に前記第一点で述べた主張が認められず、契約更新後も保証人の責任が継続するという考え方がとられるとしても、平成元年から平成五年五月分までという極めて長期間にわたる賃料の不払いが続いてきたという状態の中で、賃貸人である被上告人が、債務不履行を理由とする契約解除の手続きをとらないばかりか、前記第一点一3の(一)ないし(三)に記載のとおり、自ら賃借人との間に、賃料の不払いが生じた後も、①平成元年八月二九日と②平成三年七月二〇日の二回、「賃貸借を更新する旨の合意」までして、他方保証人である上告人に対しては、平成五年六月まで何一つ連絡してこなかったという本件事実関係の下では、八三四万円もの多額の未払賃料というものは、被上告人が早い時期に契約解除の手続きをしていさえすれば発生せずに済んだ(たとえ明渡しまでに多少の期間がかかったとしても、その間の賃料相当損害金も含めて、未払賃料のうちかなりの部分は敷金から回収できたであろうと考えられる。)はずのものなのであるから、それを長期間何も知らされずにいた上告人にすべて負担させるというのは余りにも苛酷であって、信義則上、被上告人には上告人に対して右未払賃料の支払いまで求める権利はないと解するのが相当である。

2 前記で述べたとおり原判決が参考にしたと考えられる東京地裁の前記②の判決中にも、「被告は、賃貸人には賃借人の賃料不払を保証人に通知すべき信義則上の義務があり、通常考えられる程度の延滞額を超える請求は無効であると主張するが、(一) 賃貸借契約上、一か月以上の遅滞で契約を解除することができるとされていても、解除するかどうかは賃貸人が決定すべきであること、(二) 《証拠略》によれば、坂田が七か月もの賃料の支払を遅滞しているのに、なお明渡期限を六か月猶予したことは、坂田の使用の便を考慮したからであることが認められること、三 保証債務の履行請求は権利であって義務ではなく、もともと被告主張のような通知義務はないこと、仮に右遅滞の時点で原告が被告に対し通知ないし請求していたとしても、被告の債務は坂田の履行の有無にかかり、坂田が弁済しない限り被告は全額を支払わなければならなかったこと、に照らせば、被告に対する本訴請求が信義則に反するものということはできない。」と判示した部分があるが、このような考え方は正当でない。

確かに契約を解除するかどうかは賃貸人が決定すべきことではあろうが、契約解除できる状態になったにもかかわらず賃貸人の意思で契約解除の手続をとらないというのであれば、その結果生じる不利益は賃貸人自身に負担させるべきで、それを保証人にまで及ぼすのは酷であり、筋違いというほかない。保証人は、契約期間のみならず、その他の契約条件も考慮に入れて、それなら心配ないと考えた上で保証するのであり、万一賃借人に賃料滞納という事態が生じても、その時は当然賃貸人から契約を解除されるであろうし、敷金もあるので、仮に賃貸人から未払賃料の請求をされるとしても、実際に保証人が負担しなければならなくなる金額はさほど大きなものではないはずと考えて保証するにもかかわらず、賃借人による賃料不払いが生じた後、賃貸人がいつまでも契約解除の手続もとらず、保証人への連絡もせずにいて、その結果滞納賃料の額が莫大なものになってしまったという場合にまで、保証人が滞納賃料全額を支払わなければならないというのでは、余りにも酷な話で、保証人にとってはたまったものではない。

また、右東京地裁の判決も、原判決も、賃借人の賃料不払いを賃貸人が保証人に通知する義務はないということも述べているが、賃借人の賃料不払いが長期間続くなど異常な事態になった場合は、信義則上賃貸人には保証人にそのことを通知すべき義務が生じ、その通知を欠いた場合は、通知すべき時期以降の賃貸借についてはもはや保証人の責任を追求することはできなくなると解するのが相当であって、単に通知義務がないから信義則違反とはいえないという右両判決の説示は到底納得のいくものではない。

原判決は、右のとおり、上告人の信義則違反の主張に対しても、右東京地裁の判決と全く同様の理由付けで、信義則違反とはいえないという判断をしたが、東京地裁の判決の事案は、本件と同様マンションの賃貸借ではあるものの、賃借人が昭和五九年三月一日以降の賃料を滞納した後、同年一〇月頃に賃貸人と賃借人とが賃貸借契約を昭和六〇年三月三一日を以て解約する旨の合意をし、賃借人が昭和六〇年四月二六日にマンションを明け渡したという事実関係の下で、賃貸人から連帯保証人に対して、昭和五九年三月一日から昭和六〇年三月三一日までの未払賃料一四九万五〇〇〇円、同年四月一日から二六日までの賃料相当損害金九万九六六六円、合計一五九万四六六六円から敷金二〇万円を賃料の一部に充当した残額一三九万四六六六円及び原状回復義務不履行による損害金一七〇万円の合計三〇九万四六六六円の支払いを求め、右判決は未払賃料と賃料相当損害金については請求額全額、原状回復義務不履行による損害金については四〇万七〇〇〇円の各支払義務を認めて、連帯保証人に対し合計一八〇万一六六六円の支払いを命じたというもので、賃借人による賃料未払いが生じた後賃貸人が五年近くもの間契約解除の手続もとらずにいた本件とは事実関係が大きく異なるにもかかわらず、その点についての検討もしないまま(そうとしか考えようがない。)、右東京地裁の判決の理由付けをそっくり借用したような説示のしかたで、被上告人の上告人に対する保証債務の支払請求は信義則に違反せず、上告人は被上告人に対し「石川健三の平成元年六月一日から平成五年五月三一日までの未払賃料等八三四万円及び平成五年六月一日から同月一八日までの賃料相当損害金一九万八〇〇〇円について支払義務がある。」とした原判決の判断は、到底承服できるものではなく、民法一条二項の解釈適用を誤ったものというほかない。

以上の次第で、原判決は破棄されるべきである。

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